時代小説の楽しみ方
「大川わたり」の再読も終え、先日の大川散策のことを思い出しながら、小説の世界と現実の世界を比較しつつ、江戸情緒に浸っております。
昨今、時代小説がブームになっていますが、そもそも時代小説とはどんな小説なのでしょうか? 歴史小説は主として歴史に実在した人物を用い、ほぼ史実に即したストーリーが展開されるフィクションであるのに対し、時代小説は架空の人物を登場させるか、実在の人物を使っても史実と違った展開をするノンフィクション、という区分になるようです。
例えれば、司馬遼太郎さんは歴史小説家で、藤沢周平さんは時代小説家ということになりますが、司馬さんの「燃えよ剣」には結構架空の人物が登場していますし、歴史小説といえども作者がその時代のことを実際に見て書いているわけではないので、読み物として面白くなるようにフィクションの部分も混ざることになります。
「大川わたり」は天明8年(1788年)から翌年の寛政元年にかけての話で、主人公の銀次は27歳から28歳という年齢です。「居眠り磐音江戸双紙」の主人公・坂崎磐音が豊後・関前藩から江戸に出奔してきたのは明和9年(1772年)で、このときの磐音の年齢は27歳です。銀次と磐音は16歳違いになるので、磐音が27歳の時、銀次は11歳。両親と兄が借金のために売り飛ばされ、深川高橋の大工棟梁・初五郎親方のもとで小僧として働いていた頃でしょう。
磐音が住んでいたのは小名木川と堅川を結ぶ堀に近い南六間堀町の金兵衛長屋で、今の都営地下鉄・森下駅付近になります。銀次が奉公していた深川高橋も今の森下駅の近くですから、二人が住んでいたのは目と鼻の先。着流しの浪人・磐音と小僧の銀次は道ですれ違っていたかもしれませんね。どちらも造り話なのですが、いろいろと考えをめぐらせながら読むのは面白いものです。
銀次の母親は飯能(はんのう)の飯盛女に売り飛ばされた、と書かれていますが、西武沿線に住んでいる私にとって、飯能という地名は馴染み深いものです。なんで飯能くんだりにまで売り飛ばされたのだろうか、と考えました。
当時、飯能付近の山で伐り出される材木は西川材と呼ばれ、筏に組んだ材木は入間川から荒川を下って木場まで運ばれていたそうです。江戸ではたびたび大火がおきたので、江戸から一番近い産地の材木として西川材は重宝されたのでしょう。買い付けの業者が泊まる飯能の旅籠に飯盛女を置いたのは当然の話でしょうし、若くもない母親が売られていくのは江戸から少し離れたこんなところだったのでしょう・・・などと勝手に考えて楽しませていただきました。
西川材については昨秋の記事「子の権現・竹寺ハイキング」にも書きました。花粉症の人間にとってはやっかいな季節、あのあたりの杉の花粉も飛び始めていることでしょう。
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